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東京地方裁判所八王子支部 昭和35年(ワ)188号 判決

原告 塚本陽一

被告 小宮山登

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物について、東京法務局田無出張所昭和三十三年二月二十六日受付第二一二七号をもつてした同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記に基づき昭和三十四年二月二十日売買による所有権移転の本登記手続をせよ。

被告は原告に対し、右建物を明渡し、かつ昭和三十四年二月二十日から右明渡済に至るまで、一カ月金五千円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

第二請求の原因

原告は、昭和三十三年二月末日頃訴外海老名嘉生に対し、金五十万円を利息一カ月三分、返済期同年五月末日頃の約で貸与し、被告は、右借用金を担保するため、同年二月二十六日被告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を原告に売渡す予約をし、これを原因として、同日主文第一項記載のとおり原告のため所有権移転請求権保全の仮登記を経た。しかし、同訴外人は、返済期に貸金を返済しないので、原告は、昭和三十四年二月二十日被告に対し、売買予約完結の意思表示をし、建物の所有権を取得した。被告は、原告に対抗しうる権原のないのにかかわらず、右建物を占有して原告の所有権の行使を妨害している。よつて、右仮登記に基づく建物の所有権移転の本登記手続並びに建物の明渡し及び同日から建物明渡済に至るまで一カ月金五千円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一  原告が訴外海老名嘉生に対し、金五十万円を貸与したこと、被告が右貸金を担保するため、本件建物について原告主張のとおり売買予約をし、原告のため所有権移転請求権保全の仮登記手続を経たこと、被告が右建物を占有していることは認めるが、その余の事実を否認する。同訴外人が原告から金員を借用したのは、昭和三十三年二月中旬であり、利息月六分の約で、返済期の定めがなかつた。

二  原告が同訴外人に対し、金員を貸与するについては、一カ月の利息金三万円を天引し、金四十七万円を交付した。同訴外人は、その外昭和三十三年三月から同年十二月まで毎月末日一カ月金三万円宛合計金三十万円の利息を支払つた。借主が利息制限法超過の利息を支払つた場合には、その超過額は、当然元本の返済に充当されるのであるから、同訴外人の同年十二月末日の借用金残額は、別紙計算書記載のとおり金二十二万八千八百八十八円となる。原告は、右貸金の担保として、本件建物の外に、同訴外人の同番地の家屋番号同所二一六番六、木造セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪十一坪五合の建物(以下海老名の建物という。)についても同様売買予約をし、原告のため所有権移転請求権保全の仮登記を経ていた。そして原告は、昭和三十四年二月二十日海老名の建物について売買予約完結の意思表示をし、その所有権を取得した。当時海老名の建物は、その借地権を含み、時価五十万円を下らないものであつた。売渡担保物を債権者が処分した場合は、その代金と貸金とを相殺して清算する義務があるから、これにより計算すると、原告の貸金債権は、海老名の建物の取得により消滅し、原告は、反対に金二十七万余円の返還義務を負担しているわけである。このように被担保債権が消滅し、したがつて本件建物の売買予約が失効したのであるから、かりに原告が売買予約完結の意思表示をしたとしても、それは無効であり、本件建物を取得しえない。

第四被告の答弁に対する原告の認否

原告が海老名の建物について、被告主張のとおり貸金担保のために、売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経て、被告主張の日売買を完結して所有権を取得したこと、及び昭和三十三年三月から同年十二月まで毎月末日被告主張の金員のうち金一万五千円宛の利息または損害金の支払をうけたことを認めるが、その余の事実を否認する。被告主張の各月金三万円の弁済金のうち金一万五千円宛は、利息でなく訴外海老名嘉生の関与した日本拓殖株式会社から顧問料として受領したものである。利息の天引はしていない。本件売渡担保契約においては、返済期に貸金を返済しないときは、担保物の所有権を完全に原告に移転し、これにより貸金債権は消滅し、担保物の価格が貸金の額を上廻るときでも、清算の必要がないとの約束があつた。たとえ清算の義務があるとしても、原告と債務者たる同訴外人との間において清算さるべきで、担保提供者にすぎない被告において本訴請求を拒否する理由とならない。浦老名の建物は、担保契約成立当時は、空家であつたが、被告において、昭和三十三年九月頃第三者を居住させたので、著しく担保価値が減少している。二棟の建物を処分しても、債権を完済しえない実状である。

第五証拠

原告は、甲第一ないし第五号証を提出し、証人辻武雄の証言並びに原告本人尋問の結果を援用した。

被告は、証人海老名嘉生、同小宮山丑三及び渡辺丈夫の各証言並びに被告本人尋問の結果を援用し、甲第一、第二及び第五号証の成立、甲第三号証の被告名下の印影が被告の印章によるものであること並びに甲第四号証の官署作成部分の成立を認め、甲第三号証の成立並びに甲第四号証のその余の部分の成立を否認すると述べた。

理由

原告が昭和三十三年二月訴外海老名嘉生に対し、金五十万円を貸与し、同月二十六日右貸金の担保として、訴外海老名嘉生が海老名の建物について、被告が本件建物について売買の予約をし、同日原告のため売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記(本件建物については、主文第一項記載の仮登記)を経たことは、当事者間に争いない。

証人海老名嘉生、同小宮山丑三及び同渡辺丈夫の各証言に原告本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すれば、原告が訴外海老名嘉生に対し、金五十万円を貸与したのは、一度に金五十万円を貸与したのでなく、日を接して金四十万円と金十万円が貸与され、その合計が金五十万円であること、そして貸与の日は、昭和三十三年二月下旬(同月二十六日より後)か同年三月上旬であること、利息はいずれも月六分、返済期三カ月後の約であつたこと、借用の目的は、同訴外人らが土地(原告所有の横浜市内の土地を含む。)の分譲を目的とする日本拓殖株式会社の設立または営業資金に充てるためであつたこと、貸与の際一カ月六分の割合による利息を天引し、元本金四十万円の分については金三十七万六千円が、元本十万円の分については金九万四千円が同訴外人に交付され、同訴外人はその後別紙計算書記載のとおり同年三月から同年十二月まで毎月末日限り一カ月金三万円宛の利息または損害金を支払つたことが認められる。(右の事実中同年三月から同年十二月まで毎月末日金一万五千円宛の利息または損害金が弁済されたことは、当事者間に争いない。)証人海老名嘉生及び同渡辺丈夫の証言中貸金に返済期の定めがなかつたという部分は、原告本人尋問の結果に照し採用せず、また原告本人尋問の結果中利息の天引をしていない旨の供述は、証人海老名嘉生、小宮山丑三及び同渡辺丈夫の証言に照して採用しない。原告は、同年三月から同年十二月までの毎月金三万円宛のうち金一万五千円宛は、同会社から顧問報酬として支払を受けたと主張し、証人辻武雄の証言及び原告本人の供述中には、右主張に副う部分があるが、同証言によれば、同会社設立登記が同年七月十日になされたことが認められるのであり、会社設立以前に会社から報酬の支給を受けることはありえないし、却つて、前認定の借用の目的等に徴し、会社設立前のものは、貸金に対する謝礼として支払われたものと認めるのが相当であり、また会社設立の前後を通じ金額が一定していたことと、会社設立後特段に報酬支給について合意のあつたことも認められないのであるから、設立後のそれも、設立前のそれと性質を異にしないものと認めるのが相当である。したがつて、右金一万五千円宛の支払も、利息または損害金の支払としてなされたものとみなすべきである。

貸金の担保として、不動産について売買の予約がなされ、これに基づく所有権移転請求権保全の仮登記を経た場合は、特別の事情のない限り、債務者が債務の履行を遅滞したときは、債権者は、売買予約完結の意思表示をして、不動産の所有権を取得すると共に、当該不動産の代金債務と貸金債務を相殺し、その残額について一方に清算義務を生じ、また代金について特段の合意のあつたことが認められない場合は、担保目的からいつて、代金は、売買完結当時の不動産の時価とする約定があつたものと解するのが相当である。けだし、代金額が特定しなければ、予約完結によつて売買が成立しえないから、売買の予約には、代金の確定が必要である。それかといつて特別の代金の合意がないからといつて、これを無効と解するときは、売買予約の形式をとる担保が、多く代金について明示の合意がなくなされているという事情に照し、著しく取引の安全を害する結果になるから、時価による合意があつたものと推定するのが当事者の意思に合致する。また売買予約といつても、その目的は貸金債権の担保にあり、債権者は、貸金と等価値の不動産を取得すれば、それで担保の目的を達しうるのであるし、債権額以上の物を取得して清算の必要がないとすることは、債権者に不当に利益を得させることとなり、利息制限法の精神または公平の理念に反するから、代金債務と貸金債務の相殺の合意を肯定すべきものと考える。

原告は本件においては、相殺を不必要とする合意があつたと主張するが、原告本人尋問の結果によるも、右主張を認めるに足りず、その他右主張を認めるに足りる証拠はない。また本件建物の代金について、特段の合意のあつたことを認めるに足りる証拠はない。被告は、原告が昭和三十四年二月二十日海老名の建物について売買を完結したが、右建物の時価は、当時借地権を含み、金五十万円を下らないものであり、一方当時の借用金残債務は、別紙計算書のとおり元本金二十二万八千八百八十八円及びこれに対する昭和三十四年一月末日から同年二月二十日までの年一割八分の同法制限内の利息のみであるから、右建物の取得により、本件建物の売買予約も失効したと主張する。たしかに、債権者が担保として数個の不動産について売買予約をし、そのうちの一個または数個の不動産について売買を完結させ、この時価にして既に被担保債権額を超過している場合は、満足を得て消滅しているのであるから、残りの不動産についてなされた売買予約も債権と運命を共にして失効するであろう。しかし、官署作成部分の成立に争いなく、原告本人尋問の結果により真正の成立を認める甲第四号証の記載に証人辻武雄の証言、証人海老名嘉生の証言の一部並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和三十四年二月二十日自宅において、訴外海老名嘉生及び被告に対し、それぞれ海老名の建物及び本件建物について、原告のため所有権移転登記をするよう要求したことが認められる。被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、措信せず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。前認定の所有権移転登記請求の意思表示は、売買予約完結の意思表示と解されるのであり、同訴外人及び被告に対し、時と場所を同じくしてなされたところから見れば、両者に対する売買予約完結の意思表示は、同時になされたものと解するのが相当である。したがつて、同日貸金債務が残存する限り、原告が海老名の建物の所有権のみを取得し、本件建物の所有権を取得しえないという結果にはならない。二個の建物の所有権は、売買の完結により原告に移転し、両者の時価の合計と貸金債務について相殺が行われる関係が発生するだけである。したがつて、本件の判断において必要なのは、同日までに債務が完済されたかどうかであつて、その額がいくらかということではない。利息を天引した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として、同法の規定する利率により計算した金額を超えるときは、その超過額は、元本の支払に充てたものとみなされ、かつその後の支払において、元本が存在するにもかかわらず、同法所定の利息または損害金を超過する部分があるときは、債務者において、超過部分を元本の弁済に充当する意思をもつてしたものと推認するのが相当である。しかし、本件においては、前認定のとおり、消費貸借成立の時期が昭和三十三年二月下旬または三月下旬とあるだけで、これを確定する的確な証拠がない。したがつて、昭和三十四年二月二十日当時の貸金残債務額を確定しえないが、前認定の事実を基礎とし、前記当裁判所の見解に照して概算するときは、その額は、被告主張の金額を超え、原告主張の金額を下廻ることは確実である。かりに、被告主張のとおり元本金二十七万円余としても、これを担保するため本件建物の売買予約は失効していないのであるから、前記売買予約完結の意思表示により、原告は、本件建物の所有権を取得したわけである。清算義務の存在とその額の如何はその後の法律関係であつて、原告の所有権取得を妨げる事情とはならない。

被告が本件建物を占有していることは、当事者間に争いなく、その占有権原について主張立証がないから、右占有は不法なものと認めざるを得ない。そして被告本人尋問の結果によれば、前認定の売買予約完結当時から、本件建物と建築費等の類似する海老名の建物が一カ月金五千円の賃料で賃貸されていることが認められるから、本件建物の賃料相当額もこれと同額な一カ月金五千円の割合と認めるのが相当である。

以上により、被告は原告に対し、本件建物について、主文第一項の仮登記に基づき、昭和三十四年二月二十日売買による所有権移転の本登記手続をなし、右建物を明渡し、かつ同日から右明渡済に至るまで一カ月金五千円の割合による損害金の支払義務がある。

よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。なお仮執行の宣言を付するを不相当と認めて、その申立を却下する。

(裁判官 岩村弘雄)

物件目録

東京都北多摩郡久留米町大字前沢字前原

壱壱弐六番地

家屋番号同所弐壱六番七

一、木造セメント瓦葺平家建居宅 壱棟

建坪 拾参坪七合五勺

計算書〈省略〉

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